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川久保玲と村上隆のルイ・ヴィトン(改題加筆4) [アート論]

rei-kawakubo.jpg

川久保玲の顔である。

《想像界》の眼で、《41流》美人。

《象徴界》の眼で、《超1流》から《41流》までの重層的美人。

《現実界》の眼で、《8流》美人。


《想像界》《象徴界》《現実界》の3界を持つ人格。

気体人間。

 

これは良く出来た肖像写真だが、

この写真を格付けしておく。

《想像界》の眼で、《41流》

《象徴界》の眼で、《41流》

《現実界》の眼で、《41流》

典型的な《41流》の肖像写真で、純粋化されていて、

ほかのものとの重層性はない。

ハイアートではなくて、ローアート写真である。

悪く言えばヨーロピアン・シュラッシュ・メタルの女バンドリーダーのようでもあるし、

後ろに中世の重甲冑の槍軍団を従えた現代日本のエリザベスといった雰囲気である。


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川久保玲がルイ・ヴィトンのためにデザインしたバッグの写真です。

写真の出典はnitrolicious.comです。

このバッグは、青山骨董通りにあるDover Street Market

ドーバー・ストリート・マーケット・トーキョーが期間限定で

ルイヴィトン・アット・コムデギャルソンに変わり、
9月4日から12月の中旬までの期間中にこちらの
ショップの店頭でのみの予約販売となるそうです。

下記情報は裏原宿ファッションブログ 裏原マグからです。


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Re-Edition
ルイヴィトンが日本に上陸した1970年当時に大流行した
プチ・マルソーとサック・ドゥ・ポッシュを、

川久保玲自身が復刻をしたモデル。


petit-marceau.jpg


sacs-deux-poches.jpg


《想像界》の眼で、《超1流》、真性の芸術。

《象徴界》の眼で、《超1流》から《7流》の重層的表現、真性の芸術。

《現実界》の眼で、《超1流》、真性の芸術。


《想像界》《象徴界》《現実界》の3界同時表示の作品。

気体美術。

 


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Customization 
クラシカルなヴィトンのバッグを川久保玲がカスタマイズし
芸術化させたデザイン。

パピヨン26は3つの動物のチャームをつけたタイプ。



papillon-lv-logo.jpg


《想像界》の眼で、《超1流》、真性の芸術。

《象徴界》の眼で、《超1流》から《7流》の重層的表現、真性の芸術。

《現実界》の眼で、《超1流》、真性の芸術。


《想像界》《象徴界》《現実界》の3界同時表示の作品。

気体美術。



 


ミニ・スピーディはバッグを持つハンドルを合計8つつけた
手のひらよりも少し大きめ位のスモールサイズのバッグ。

speedy.jpg


《想像界》の眼で、《超1流》、真性の芸術。

《象徴界》の眼で、《超1流》から《41流》の重層的表現、真性の芸術。

《現実界》の眼で、《超1流》、真性の芸術。


《想像界》《象徴界》《現実界》の3界同時表示の作品。

気体美術。

 

 


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Creation

川久保玲が一からデザインを行ったラインで、モノグラムの
キャンバスで出来たラウンド型とスクウェア型のそれぞれに
ヌメ革のロングハンドルを施したデザイン。

party-bag-big.jpg


《想像界》の眼で、《超1流》、真性の芸術。

《象徴界》の眼で、《超1流》から《41流》の重層的表現、真性の芸術。

《現実界》の眼で、《超1流》、真性の芸術。


《想像界》《象徴界》《現実界》の3界同時表示の作品。

気体美術。

 

 

 




party-bag.jpg



《想像界》の眼で、《超1流》、真性の芸術。

《象徴界》の眼で、《超1流》から《41流》の重層的表現、真性の芸術。

《現実界》の眼で、《超1流》、真性の芸術。


《想像界》《象徴界》《現実界》の3界同時表示の作品。

気体美術。


どれも凄いけれども、最後のCreationの2点が、

おとなしそうに見えて、《41流》を持つ重層表現であるのが、

さすがである。

凄い実力!

 

さて、最後に、村上隆のルイヴィトンのバックを復習しておこう。

M95561.JPG

《想像界》の眼で、《13流》、デザイン的エンターテイメント。

《象徴界》の眼で、《13流》、デザイン的エンターテイメント。

《現実界》の眼で、《13流》、真性の芸術。


《想像界》の作品。

液体美術。


《13流》というのは、お笑い喜劇漫画など領域である。

 mmurksp040.jpg

村上隆の顔である。

《想像界》の眼で、《13流》

《象徴界》の眼で、《13流》

《現実界》の眼で、《13流》

《想像界》の人格。

液体人間(=近代人)。

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村上隆の作品である。

《想像界》の眼で、《21流》、デザイン的エンターテイメント。

《象徴界》の眼で、《13流》、デザイン的エンターテイメント。

《現実界》の眼で、《13流》、真性の芸術。

《想像界》の作品。

液体美術。

 

《21流》というのは、エロの領域である。

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芸術の定義を素材論的に見れば、

素材的に時間的に耐久力のあるものが、

歴史的には芸術とされて来た。

川久保玲のデザインワークは、素材論や形式論的には、

芸術ではないし、

そしてまた【ユング的集合無意識】の視点で見ても芸術ではない。

しかし【フロイト・ラカン的位相からの芸術分析】で見ると、芸術であるし、

その芸術力の実力は、村上隆を遥かに超えるものをもっている。

■川久保玲と「H&M」とのコラボレーション

http://www.movement.cc/blog/archives/2008/04/03-192934.php

H&M というのは

ウェーデンネス・アンド・モーリッツ (Hennes & Mauritz) が展開する

ファッションブランド

低価格かつファッション性の高い、高級指向の顧客もターゲットとした服で、

世界的に人気を集めている。

「H&M」が発表したプレス・リリースによると

「川久保玲氏は
我々がコラボレーションをお願いしたいデザイナーのリストの中で
常にトップにありました。今回ようやく彼女から了承をもらうことが
出来て非常に嬉しく思うと共に期待感でいっぱいです」とのことです。


これに対して川久保玲は、次の様に答えている。「私は常にクリエーション(創造)とビジネスとのバランスを、興味深く考えてきましたが、それはジレンマでもありました。そして、これまでは常にクリエーション(創造)を最優先事項としてきました。今回の試みはそれを解決するいい機会であり魅力的な挑戦だと考えています」


川久保玲と村上隆を比べると、川久保も村上も、共にクリエーションとビジネスのバランスを問題にしたアーティストであり、共に世界的成功をしたと言える。

クリエーション(《超1流》/《41流》)とビジネス(《7流》)のバランスを考えるという思考は、日本の旧・現代美術の作家にも評論家にも無かった視点である。旧・現代美術に属する私は、洋画商史を調べるなど近代という時代構造の中でのギャラリーについては考える事をして来たが、ギャラリーを超えて、ビジネスとクリエーションのバランスと言った思考はしてこなかったのである。

私の川久保玲を本格的に知るきっかけは、大変に遅くて、1999年の東京都現代美術館でのファッション展身体の夢 ― ファッション OR 見えないコルセット』まで、待たなければならなかった。

ここでの川久保玲の創造性と芸術性は傑出していたのである。


川久保は、クリエーション(《超1流》/《41流》)とビジネス(《7流》)のバランスを考えながら、しかしクリエーションを優先して来たと語っているが、村上隆の作品展開は逆に見える。
村上隆は、ビジネスを優先して来ている様に見えるのである。

村上が、今まで通りに、ビジネスを優先して《13流》路線を続ける事で、果たしてこの激動の時代を生き残りえるのだろうか?

率直に言って、私は無理であると思う。驕れる者久しからずただ春の夜の夢のごとしという平家物語冒頭の句は、永遠の真理である。夢の様に消えたとしても、しかし村上隆の作品や歴史的な意味がゼロになる事は、決して無い。それは歴史として残るのである。村上隆は日本の現代アートに於け野茂英雄 であって、そのアメリカ進出の果敢な投機精神は高く評価されなければならない。そして日本の常識=【ユング的集合無意識】の外に出て行った事でのアメリカでの成功は、偉大な事業であった。

ここにおいて、芸術論や制作論そのものが大きく変貌したと言える。

その変貌の基本は、クリエーション(《超1流》/《41流》)とビジネス(《7流》)のバランスを考える思考である。
どういうバランスを見いだすにしろ、このバランスを思考しないアーティストは、社会的には退場するしか無い時代になったのである。

スリットカッターの女性が、自己を見つめ過ぎている様に、日本の現代美術や現代アートの多くのアーティストは、自己を見つめ、自己の中に自閉している。評論家も同様である。しかし、これらの人々を取り残して、時代は動いて行くと、私には見える。

時代はクリエーションとビジネスのバランスを基盤とするものに変わったのである。

《超1流》/《41流》 と、《7流》のバランスである。

【下をクリックしてください】



 

 

 

 

 

 

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彦坂尚嘉のアートの格付けでは、《超1流》から《41流》までの42段階の階層で、全人類の表現が格付けされます。

《超1流》と《41流》は、反転関係になっていて、
ループを作り円環を形成しています。

同様に《1流》と《31流》、
《2流》と《21流》、
《3流》と《11流》、
《4流》と《10流》、
《5流》と《9流》、
《6流》と《8流》が、円環を形成しています。

そして最後の《6流》と《8流》の間の《7流》が、
ビジネス領域であって、これだけが、円環を描くことなく、単独で存在する領域なのです。

何故なのか?
それは《7流》だけが、実は共同体(コスモス)の内部から生まれたものではなくて、共同体(コスモス)と言う秩序の外のカオスから生まれたものだからです。

彦坂尚嘉の格付けの特徴は、
《言語判定法》での測定で見いだされたものであって、
こうした円環のループ構造が恣意的に設定されてものではない事です。
《言語判定法》で測定すると、
現実の社会の中に、このような構造が見いだされているのです。

つまり《超1流》/《41流》と《7流》の関係というのは、
42段階の階層の最上と最下層、そして円環重層の中心軸との関係であって、
全世界の構造全体の把握を意味しているのです。

川久保玲や押井守の見られるクリエーションとビジネスのバランスを考えた、アートマネージメント、組織化、戦略戦術の凄さ、制作コントロール力と、細部の技術革新の激しさなど、総合力の高さは、眼を見張るものがあります。

川久保玲や押井守に見られる視点は、この全世界の構造すべてを透徹する視線によって得られているものです。日本社会は、急速な下降状態で、ほぼ飛行機の墜落状態ではありますが、しかし偉大な創造者として、川久保玲と、押井守を生み出し得た事で、未来への展望を切り開いているものであります。

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