スリッツのアリ・アップ来日! [新・美人論]
中央の女性が、スリッツというバンドのアリ・アップ(vo.)です。
アリ・アップが17歳の時です。
背景の薔薇の花が良いですね。
◆◆1◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
1979年9月、スリッツのデビュー・アルバム『カット』は、
まず、このLPアルバムのジャケットが強烈で、印象を与えた。
私も当時買っているし、今も持っている。
スリッツは、メンバー全員が女性という当時としては珍しい編成で、
姿に、私たちは何を見たのか?
金髪の白人女性が、泥まみれの裸の野蛮人を演じることで、
時代の根本的な変化を見たのである。
アリ・アップは、1976年にスリッツを結成しているのだが、
それはアリが、弱冠14歳のときのことであった。
上の写真は、1977年、アリ・アップ15歳の写真!
これに関連する1979年、もう一枚の衝撃的であったジャッケットは、
ポップ・グループのデビューアルバム『Y』であった。
今でこそスリップノットを思わせるアルバムだが、
スリップノットのデビューは2000年であって、
このポップグループは、1979年である。
この2つの野蛮人の姿に、私たちは何かを見たのであろうか?
もう一度、スリッツのLPカットのジャケットを見てみよう。
《想像界》の眼で《41流》の真性の芸術。
《象徴界》の眼で《超1流》〜《41流》の
重層的表現によるデザイン的エンターテイメント。
《現実界》の眼で《3流》のデザイン的エンターテイメント。
あくまでも、レコードジャッケットに過ぎないのだが、
しかしこの写真には《41流》の真性の芸術表現があったのである。
この《41流》の出現は、何を指し示したのであろうか?
私見によれば、1975年のアメリカのヴェトナム戦争の敗北による、
世界秩序の根本的な変貌である。
それは18世紀以来のヨーロッパ啓蒙主義とその理性主義の崩壊であった。
崩壊の結果として、野蛮人が出現する。
その野蛮の出現を最も象徴する画像が、
このスリッツであった。
◆2◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
このスリッツの『カット』は、
私の大好きなアルバムであった。
よく聞いた。
今、久しぶりのレコードを引っ張りだして聞くと、
まず音が《41流》なのに驚く!
《想像界》の耳で《8流》の真性の芸術。
《象徴界》の耳で《41流》〜《超1流》の
重層的表現による真性の芸術。
《現実界》の耳で《超1流》の真性の芸術。
気体音楽。
《象徴界》の音楽。
ドラムとベースが前に出た音作りと、
女性ヴォーカルのコーラスのフェニミンな感じが
素晴らしいのだが、
このレコードのプロでユーサーは、
ダブ・ミュージックの巨匠デニス・ボーヴェルなのであった。
デニス・ボーヴェルは、ソロでダブのアルバムも出していて、
当時聞いている。
そしてまた、先ほどのポップグループの『Y』の音楽は、
この1979年と言う時代を画する衝撃的な音楽で、
パンク・ロック、フリー・ジャズ、ダブの間を橋渡しするもので、
同時になにものにもならない音楽であった。
私は世田谷三宿の自宅の8畳間で、大音響で繰り返し聞いた。
ラフ・トレード・レコードというイギリスの
インディーズ・レコード・レーベルからでた音楽こそ、
新しい時代、つまりアメリカのヴェトナム戦争敗北以後の
近代と啓蒙的理性の崩壊を象徴する音楽であった。
ベースとドラムが前に出たこの音楽もまた、
デニス・ボーヴェル(Dennis Bovell)のプロデュースによる音楽であった。
《想像界》の耳で《16流》の真性の芸術。
《象徴界》の耳で《41流》〜《超1流》の重層表現による真性の芸術。
《現実界》の耳で《41流》の真性の芸術。
気体音楽。
《現実界》の音楽。
ポップグループと、スリッツは、
実は深い関係にあって、
ラフ・トレードからシングル「In The Beginning There Was Rhythm」を
ポップ・グループの「Where There's A Will」とのスプリット・シングルでだします。
私も当時買って聞いています。
これらは良いシングルで、最高でした。
これらの音楽は、しかし先のあるものでは無かったのです。
この後、セカンドと数枚の後に、バンドは解散して行きます。
このスリッツのセカンドアルバムはつまらなかった。
これを最後にスリッツは解散してしまう。
何故に、安定した音楽的展開をなし得ないのか?
それはこうした問いそのものが、無効なほどに、
崩壊的、破壊的であったからではないのか?
しかし、《41流》の音楽の流れは、
1980年代に引き継がれて行きます。
1980年にバット・レリジョンが結成されます。
バット・レリジョンは、
アメリカ西海岸パンク・ロックバンドの先駆者で、
世界情勢・戦争・貧富差・宗教などについて
真正面に反対する歌詞を歌いつづけている。
そのパンクサウンドは、《6流》ではなくて《41流》なのです。
上は、 1981年のデビューEP「Bad Religion」
同じ1980年結成のバンドにハノイ・ロックスがあります。
フィンランドのヘルシンキで結成されたハノイ・ロックスもまた、
普通のロックに聞こえますが《41流》の音楽でありました。
上のアルバムは、1981年のファーストアルバム
Bangkok Shocks, Saigon Shakes (白夜のバイオレンス)
こうした《41流》ロックの流れは、
1980年代にスラッシュ・メタルとして展開され、
さらに1990年代のグランジにまで展開されます。
その意味で、初期《41流》音楽の先駆者である
スリッツは、そのフェニミンな美しさも含めて、
再聴される値打ちはあります。
こうして、スリッツは
2005年、アリがソロ・アルバム『Dread More Dan Dead』
を出します。私は未聴です。
さらに2006年スリッツは再結成され、
新作EP『Revenge Of The Killer Slits』が発表され、
この10月に、日本に来るのです。
これも私は未聴です。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
さて、明日に続きます。
明日は、いよいよアリ・アップの顔です。
「slits」の「cut」はiTunes Storeで簡単に購入できます。
10年前だったら70年代の音楽や映像を入手するのは一苦労でした。
今は過去と現在が混在しているのですね。
by コア (2008-10-01 10:47)
そうですね。市場の成熟で、ある意味では歴史が無くなったという様な状態が出現してくるのですね。『カット』は名盤であると思います。コーラスのフェニミンな美しさは、ローチェスを思い出させますが、女性表現者の台頭の先駆けの一つです。この頃にアメリカでは1941年生まれの女性作家が集団で台頭します。日本では少し遅れて1980年代に美術の女性作家が台頭し、写真では1990年代に台頭します。こういう文脈の中でのスリッツは素晴らしいのですが、正直言って、再結成の音楽には、かなり懐疑的な偏見が私にはあります。
by ヒコ (2008-10-01 12:08)