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湯浅譲二の電子音楽(1) [アート論]

日本の電子音楽.jpg


2008/3/27(木)

13:30から、18時までの長時間シンポジウムを見て来た。
すみだトリフォニーホール・小ホール での シンポジウム《湯浅譲二の探究―電子音楽作品を中心に》

パネリストは、湯浅譲二、有馬純寿、川崎弘ニ、川島素晴 。

川島素晴/山根明季子によるeX.の催しである。
たいへんに面白かったし、勉強になった。

友人の白濱雅也さんが一緒に見に行ってくれた。

会場で前衛的記録映画の第一人者である松本俊夫氏に久しぶりにお会いして、
ご挨拶した。

さて、書くのも体力勝負なので、
重要順に書いておく。

■1
シンポジウムの最後に、有馬純寿氏が、湯浅氏に、1991年の《UPICによる「始源への眼差し」》以降、電子音楽の作曲を止めている事について、質問している。

それに対して、それまでの初期コンピューターでの作曲の苦労をして来た湯浅氏からみると、コンピューターの発展が、苦労もしないで、アマチュアの素人がコンピューターで簡単に音楽できて、コンピューター中毒のような既聴感のある音楽があふれているという批判を言った。

有馬氏がそれを受けて、コンピューター音楽の世代に断絶があって、
初期の開発者たちと、コンピューターの発達後に登場する若い作曲家の間に、
非連続性が生じているということと、
それに対する危機感を語った。

私の方から見ると、
同様のことは美術界にもあって、
それは電子音楽という事ではなくて、
現代アートという事だが、
それまでの現代美術のアーティストと、
簡単にイラストを描いて登場する稚拙で未熟な表現の現代アートの作家たちの間に、
同じ様な断絶があるのである。

だからそれは、私のような現代美術のアーティストから見れば、
電子音楽や、コンピューターを使うということに限らない、
もっと大きな文明的な構造変化/時代変化があって、断絶が起きている。
つまり本質的な文化変動なのである。

その本質は、この前の前のブログ「シニフィエの露出した《悪魔の時代》(「実行力について」を改題)」で書いた様な、
インターネットが登場した1991年以降の
シニフィエの露呈化であり、
シニフィエの社会化の問題である。

それまでの文化がシニフィアンにおいて意味を発生していたのに対して、
コンピューターという電脳の登場によって、
脳内リアリティというべき非物質化したままのシシニフィエが、
直に出現し社会化して行くのである。
ここにおいて、かつての物質文化の本質が崩れたのである。

その具体例として、電子音楽の世界で起きた断絶は、
極めて生々しいし、
湯浅氏の電子音楽の日本でのパイオニアの終焉の言葉は、
リアルで、面白かったのである。

時代は、本質的に変わったのである。

■2

司会をしたのは有馬純寿氏で、彼は「日本の電子音楽」(愛育社)という
著作を上梓している。
この本を買ったが、良くできていて刺激的だ。

私はどうしても、美術との平行関係で、こうした電子音楽の歴史を見ようとする。

ミュージック・コンクレート(録音技術を使った具体音楽)
の始まりは、フランスの、フランスの電気技師ピエール・シェフェールで、1948年頃から実験を始め、1949年頃からは作曲家ピエール・アンリ とともに種々の実験的作品を作るようになるという。

そういう意味では、アンファルメルや、アメリカ抽象表現主義との同時代性で、見たいのである。

ポロックは、1943年頃から、キャンバスを床に平らに置き、缶に入った絵具やペンキを直接スティックなどでしたたらせる「ドリッピング」という技法で制作しはじめ、1947年から全面展開し注目や好奇心を集め始めるのである。ポロックの方が早いのは、第2次世界大戦の戦場になったヨーロッパと、ならなかったアメリカの差があるので、若干のずれは、この際、一応不問に付しておく。

日本では、NHK電子音楽スタジオにおいて黛敏郎と諸井誠が、そして武満徹や湯浅譲二など実験工房の作曲家によって、ミュジーク・コンクレートの歴史がはじめられる(1951年-1955年)。

これも実は1951年に、日本にポロックの作品が展示され、
これを見た吉原治良の評価した文章を介して、影響が広がり、
1953年には白髪一雄たちゼロ会の作家たちの中で実験的な作品が展開されるし、
また吉原の回りの若い作家は、抽象表現主義に1954年までにはなっている。

電子音楽のもう一つの面である電気的に生成された音による電子音楽は、シュトックハウゼンの「少年の歌」「コンタクテ」が有名というが、私は不勉強で聴いていない。しかしそもそもシュトックハウゼンの活動が1951年から始まっていて、湯浅譲二が参加した「実験工房」と、完全に同時代の作曲家なのである。

なるほど、と思う。

電子音楽の歴史と、抽象表現主義の美術の歴史を同時代の動きとして、
重ねて見る事は、してこなかったが、こうして見ると、
同時代の音楽なのである。

美術と音楽の関係というのは、
印象派の美術に対して、印象派の音楽が出来、
そしてミニマルアートに対して、ミニマルミュージックができるように、
実は,かなり深い関係があるのです。

それは美術が基本的には空間の秩序や構造の刷新をして行くのに対して、
音楽が、時間の秩序や構造を刷新して行くという関係があって、
モダンアートの時代においては、
だいたい美術の刷新化が早くて、それに遅れて音楽の刷新化がつづく。
つまり人間においては空間構造の刷新の方が早く出来て、
それに続いて時間構造の刷新化がなされるという形で、
歴史が形成されて来ているのです。

ただ、最近は、美術は刷新能力を失っていて、退化傾向にあり、
音楽の方が、早い展開をしている様に思います。

今回のこの湯浅譲二氏の電子音楽のレクチャーを見ていて思ったのは、
私の場合、こうした美術、特に抽象表現主義以降の現代美術との関連でした。

実際、湯浅氏のお話によると、
1950年代には積極的に聴きにくる観客は美術の人たちであったと言います。

(2に、つづく)
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コメント 2

有馬純寿

彦坂様

先日はご来場ありがとうございました。

世代的断層についてはおっしゃるとおり電子音楽にも限らずおきており、あの場での少しばかりそのことに触れたいとは思いましたが、話がそれそうだったので止めておきました。
ただ、電子音楽界におけるそれは、美術よりももっと単純かつ決定的に起きているように思えます。
それの意味では、刀根康尚さんのような特異点の存在はとても重要ですね。

ところで「日本の電子音楽」の著者は川崎弘二さんです、念のため。
by 有馬純寿 (2008-03-30 12:02) 

ふたなりロリ美少女レズプレイでハメられる

LHQEw8)I, anime.ex-navi.biz, ふたなりロリ美少女レズプレイでハメられる, http://anime.ex-navi.biz/rape/122.html
by ふたなりロリ美少女レズプレイでハメられる (2011-10-18 12:36) 

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