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大琳派展/尾形光琳 [アート論]

◆◆原画である俵屋宗達の屏風画◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

俵屋宗達が「風神雷神図」屏風を描きます。

江戸時代初期、17世紀前半の作です。


国宝となっています。2曲1双・紙本金地着色、サイズは各157.0×173.0cm、キャンバスで言うと500号よりも大きいものです。


京都の四条のある建仁寺蔵の所蔵です。臨済宗です。


風神雷神図は、現在は京都国立博物館に寄託されています。


私はこの京都国立博物館で何回か見ています。清水誠一さんは実物を見ていない可能性があるのですが、それは京都国立博物館にあるというせいがあります。京都奈良に何回かでも通っていれば見るのですが、それをしていないのです。

宗達.jpg

この作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチ級の名品です。
違いは《41流》性が無い事です。
《想像界》の眼で《超1流》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超1流〜7流》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超1流》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現

《シリアス・アート》《ハイアート》

金地の深さはすばらいいもので、これは実物を見ないと分かりません。
日本美術の極点の一つであって、基準作品なのです。

落款、印章はありませんが、宗達の真筆であることは疑われていないのです。

圧倒的にすぐれていて、疑いようがないのです。


制作の経緯はよくわかっていないようですが、京都の豪商で歌人であった打它公軌(うつだ きんのり)が京都妙光寺再興の際に製作を依頼し、その後建仁寺に渡ったと言われています。


この画は構図が見事です。画面のフォルムが厳密の構成されていて呼応しているのです。

この呼応関係は、この絵を模写した光琳には無い物です。



画面の両端ギリギリに配された風神・雷神が画面全体の緊張感をもたらし、真ん中の空いている金地に深い空間を生み出しているのです。三島由紀夫はこれを評して「奇抜な構図」と呼んでいますが、過去にはこうした画像はなくて、宗達の独創性なのです。風袋を両手にもつ風神、天鼓をめぐらした雷神の姿も、極めて独創的であって、金箔、銀泥と墨、顔料の質感が生かされ、宗達の傑出した色彩感覚を誇示しています。そうした独創性の絵画が、しかし日本の現代美術の作家の中では評価されていません。先ほどの清水誠一さんもそのひとりです。たぶん、絵柄から、《気晴らしアート》であると錯誤しているのです。それと清水さんは絵画というものを《深いイリュージョンの絵画》だけで考えていて、グリンバーグの言う《オプティカルイリュージョンの絵画》というものを理解していないのです。


いわゆる平面的な浅い空間の絵画には、2種類があります。一つが《オプティカルイリュージョンの絵画》で、もう一つが《原始平面》の絵画です。この見分けが、清水誠一さんは出来ないのです。


彼の好きなフェルメールの絵画というのも、実は偽物の《深いイリュージョンの絵画》であって、現実は《原始平面》の絵画なのです。この見分けが、出来ていないから、フェルメールの絵画がインチキでることが見えないのです。


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現在では極めて有名な絵であったのですが、江戸時代にはあまり知られておらず、作品についての記録や、言及した文献は残されていないそうです。

約100年を経て尾形光琳が同じような屏風に描きます。

光琳.jpg
《想像界》の眼で《1流》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《1流》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《一流》のデザイン的エンターテイメント

固体美術、《象徴界》の絵画
《シリアス・アート》

光琳は宗達を良く勉強して描いていますが、作品は《超1流》から《1流》に落ちただけでなくて、《象徴界》《現実界》は、デザイン的エンターテイメントになってしまっています。

実は光琳は、デザイナーの側面を強く持っていたのであって、いわゆる「光琳模様」という言葉を生みだしたその非凡なデザイン感覚は、現代に至るまで日本の絵画、工芸、デザイン等に与えた影響は大きのですが、その質は実は《6流》化であったのです。











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