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ジュリアン・シュナーベル/絵画と映画の1980年代芸術(加筆2) [アート論]


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ジュリアン・シュナーベルは、1980年代の新表現主義を代表する画家
だったのですが、今日では、映画監督として有名であり、
この2枚の画像は、第4作目のルー・リードのベルリンでのコンサートの
ドキュメンタリー映画です。

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを脱退して、ソロ・アーティストとしてピークを迎えていたルー・リードが、1973年「ベルリン」というアルバムを発表します。バイセクシャル、ドラッグ、暴力に彩られた背徳の愛の物語が、10曲の収録曲に散りばめられた“ロック・オペラ”でありました。独特の暗さのある、朱色が効果的に使われたきれいなアルバムでした。 しかし、この意欲作は、商業的には失敗します。

ルー・リードも、「ベルリン」に収録された楽曲を演奏する事は、その後、なかったのです。

すぐれた作品が、多くの人には理解されないということを代表する実例となります。 

しかし、このアルバムはルー・リードの最高傑作として、少数のマニアの中では高い評価が語り継がれて、伝説的な作品となります。

そして33年がたち、 2006年、真冬のニューヨークで、ルー・リードによる「ベルリン」の全曲ライブ・パフォーマンスが敢行されます。
 すぐれた芸術は、時と世俗を超えて、蘇ったのです。

このライブのステージセットを、画家ジュリアン・シュナーベルが担当し、そのライブの模様をドキュメンタリー映画として撮影したのも、映画監督ジュリアン・シュナーベルだったのです。 

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日本でも、村上隆の映画進出のように、
最近は同様の例があるのですが、
シュナーベル以外でも、
アメリカの場合には、才能のある美術家は映画も撮影するのです。

日本の場合、画家は絵だけを描いていれば純粋ですばらしい、とする
この道一筋を評価する価値観がありますが、欧米ではそれはクラフト
の扱いを受けます。レオナルド・ダ・ヴィンチを見れば分かるように、
欧米でのアーティストというのは、多様な事をやりえる万能性と
総合力に、芸術の基本がすえられているのです。だから、映画も
撮影するという事に、なります。

アンディ・ウォーホルは、60本を超える映画を手がけています
眠る男を8時間映し続けた『眠り (Sleep)』は1963年の作品。

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スチール写真での芸術分析。
《想像界》の眼で《第6次元》のデザイン的映画
《象徴界》の眼で《第6次元》のデザイン的映画
《現実界》の眼で《第6次元》のデザイン的映画

《現実界》の映画
液体映画。
《気晴らしアート》《ローアート》

シニフィアン(記号表現)的映画
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こうしたアンディ・ウォーホルの映画は、《現実界》に還元した、
《第6次元》のデザイン的な映画であって、《真性の芸術》作品とは
言えないものなのです。

《現実界》に還元すれば、あたかも深い意味のある芸術であるかのよう
な迷信が蔓延していたことは確かですが、それは現代美術のある種の
イデオリオギー化に過ぎないものです。《現実界》だけでは、
《真性の芸術》ではないのです。

余計な事を書けば、
こうしたアンディ・ウォーホル型の映画をリメークして、
シニフィアン映画から、シニフィエ映画に移し替える事で、
今日の情報化社会の映画をつくるという可能性はあります。
私自身は多摩美術大学の映画研究会の出身ですので、
今でも、映画への意欲はあるのです。

さて、アンディ・ウォーホルの
延々エンパイアーステートビルを撮影したエンパイアーは
1965年の作品。
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キスを撮影したキス。
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1966年の『チェルシー・ガールズ』は商業的にも成功して、
日本では1968年に、草月で上映されて、私も見ています。
2台のプロジェクターで、中の映像は照明が非常にデリケートで美しい
ものでした。
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スチール写真での芸術分析。
《想像界》の眼で《超次元》の《真性の芸術》映画
《象徴界》の眼で《超次元》の《真性の芸術》映画
《現実界》の眼で《超次元》の《真性の芸術》映画

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な映画
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な映画。
《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)的映画
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アンディ・ウォーホルは、一般商業映画も撮影していますが、
それはホラー映画で、
悪魔のはらわた』(1974年)で、3次元映画でした。
これも私は見ています。
つまらない映画でした。
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『処女の生き血』(1975年)も、
アンディ・ウォーホルのホラー映画。
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1980年代美術の代表的なアーティストであった0
ロバート・ロンゴが1995年に監督をした作品Johnny Mnemonic
 ビートたけしキアヌ・リーブス主演映画でしたが、
評判は良くなくて、私は見ませんでした。
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写真家のラリー・クラークは、1943年生まれ。
1971年に写真集『タルサ』でデビュー。
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《想像界》の眼で《第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《第41次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《第41次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
【A級美術】


ラリー・クラークのこの1971年のタルサは、
《第41次元》アートとして、早いし、
傑出している《真性の芸術》です。

12年のブランクをへて、
ティーンエイジラスト」で復帰します。
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1993年に3冊目の写真集『パーフェクト・チャイルドフッド
を出版します。
しかし、その写真は、主題的には子供を取っていて同じですが、
《第41次元》性は失われ、
《第1次元》の凡庸な写真に退落するのです。

しかしアートマネージメントとしては、
ラリークラークが、社会的成功を手に入れた事において、
この《第1次元》の写真になることは、
正しいと言えるのでしょう。

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そして、ラリークラークは、映画を撮影しています。
1995年には「KIDS」で映画監督デビューをします。

  • KIDS(1995)
  • Another Day in Paradise(1998)
  • BULLY/ブリー(2001)
  • KEN PARK(2002)
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「KIDS」は、見ていますが、
これも《第1次元》の凡庸なものでした。
だからこそ、映画監督として成功することになります。
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さて、もう一人映画を撮影したアーティストである、
シンディ・シャーマンです。
オフィスキラー Office Killer』というホラー映画です。
ストーリーは次の様なものです。

 リストラの嵐吹きあれる出版社。勤続16年の超マジメ編集者ドリーン(キャロル・ケイン あのホラーの佳作『夕暮れにベルが鳴る』のヒロイン。と言ってもわからんか…)にも在宅勤務指令が。夜半、会社で原稿チェックをしていた彼女は、偶然、同僚の事故死に遭遇する。動揺したドリーンだったが、フトある考えを思いつく。数日後、嫌な上司が次々と失踪、残ったスタッフの間ではなぜかドリーンの評価が急上昇だ。ドリーンの行動を怪しんだキム(モリー・リングウォルド)は、それとなく彼女を監視し始めるが……。共演にファスビンダー映画の常連バーバラ・スコーヴァ。脚本トム・ケイリン、脚本協力トッド・ヘインズ。84分。

 

監督 シンディ・シャーマン
出演 キャロル・ケイン、モリー・リングウォルド、ジーン・トリプルホーン 他
脚本 トム・ケイリン
脚本協力 トッド・ヘインズ
撮影 ラッセル・ファイン
音楽 エヴァン・ルーリー
97年 84分
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未見ですが、評判の悪い映画で、
これもポスターやスチール写真から見ると《第1次元》の
凡庸に正しい映画になってしまっています。

シンディ・シャーマン関係には、彼女の元恋人が撮った、
ドキュメント映画もありますが、本稿とは主題が違うので、
ここでは触れません。
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さて、こういうわけで、アメリカでは、映画監督になって、
《第1次元》の凡庸に正しい映画で成功するアーティストが、
何人か、いるのです。
アメリカの映画産業は、才能のある映画監督を集めるという
飽くなき性格があって、それはそれで素晴らしいですが、
しかし、映画はお金がかかります。
したがって、回収を考えるから、《第1次元》の
社会的に正しい映画を作るはめになるのです。

ジュリアン・シュナーベルの第1回映画監督作品は、
1996年の伝記映画『バスキア』でありました。

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第2回監督作品『夜になるまえに』(2000年)で、 
ヴェネチア国際映画祭の審査委員グランプリを受賞します。

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第3作目は、2007年の『潜水服は蝶の夢を見る』というフランス映画で、
第60回カンヌ国際映画祭監督賞
および第65回ゴールデングローブ賞監督賞を受賞した。
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こうした映画監督としての成果を含めて、
シュナーベルというのは、何であったのかを、1980年代美術の本質を
解き明かす問題として、研究する必要があるのです。

私自身は、映画としては、『バスキア』しか見ていません。
映画としては、悪いものではなくて、《第1次元》の《真性の芸術》で、
《想像界》の映画です。

《第1次元》の《想像界》の《真性の芸術》という水準は、
ポスターやスチール写真からは、後の3本の映画も同じであって、
変わらないと思います。
【続きは下記をクリックして下さい】
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ジュリアン・シュナーベルは、1951年ニューヨークのブルックリン
生まれのユダヤ人。

1970年代の終わりに、レオ・キャステリ画廊系の若き画商であったメア
リー・ブーンでの個展で売り出します。
この売り出しには、レオ・キャステリがかかわっていて、
その一翼は、日本の美術評論家の東野芳明が、キャステリに呼びつけら
れて、紹介文を美術手帖に書くと言った形で、成立します。

壊れた皿をカンヴァスに張りつけた作品、さらにベルベットを画布に
した作品などが話題になり、1980年代の新表現主義の中核をなす画家
となります。そして画廊を、確か、ペース画廊に変えます。
この辺からおかしくなって行きます。
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《想像界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント

《想像界》の作品、気体美術。

《気晴らしアート》《ローアート》
シニフィアン(記号表現)の美術。
《原始平面》『ペンキ絵』【B級美術】

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ここで重要なのは、これだけお皿を使って物質的でありながら、
《想像界》の美術である事です。

近代という歴史区分が、1975年のアメリカの
ベトナム敗戦で終わります。

近代というのを推進して来た原動力は、物理科学でありました。
物理科学の進展が、歴史をリードして来たのです。
物理化学と言うのは、《現実界》でありました。
《現実界》が上部構造として支配する時代が終わるのです。

それに代わって、情報科学が支配する時代になったのです。
情報科学は、《想像界》でありました。
情報化社会の《想像界》が支配する時代に変わるのです。
そうすると、迷信や悪魔が復活します。
文学で言えばスティーブンキングのモダンホラーという、《想像界》
の文学が、立ち上がってくるのです。

同様にして、《想像界》の美術として、シュナーベルをはじめとする
1980年代のニューウエーブ美術が出現するのです。
問題は、これらが短命で終わったことです。


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《想像界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント

《想像界》の作品、気体美術。

《気晴らしアート》《ローアート》
シニフィアン(記号表現)の美術。
《原始平面》『ペンキ絵』【B級美術】

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1975年以降の、新しい芸術としての特徴を、
シュナーベルは、持っては、いました。

それは《想像界》の美術である事、そして気体美術であることでした。

しかし古い面としては、シニフィアンの美術である事があります。

シニフィアン(記号表現)/シニフィエ(記号内容)
というのは、ソシュールの言語論の用語で、
これをラカンは、拡大して使っています。
彦坂尚嘉の場合には、《言語判定法》で使用しているので、
さらに変形拡大した使用法なので、
読者の方には混乱があると思います。

しかし、古い近代の物質文明から、今日の情報文明に転換する時代の
芸術分析にとって、このシニフィアン/シニフィエの用語を、
彦坂のように、拡大して使用する芸術分析は、一定の成果をあげて
いるのです。

つまり物質文明の時の芸術は、自然主義的リアリズムを基盤とする
もので、シニフィアン(記号表現)の芸術であったのです。
ラカンは、このシニフィアンの表現を重視しています。
シニフィアン連鎖に於いてのみ、芸術は意味を持ちえるのです。

ところが情報文明になると、バーチャル・リアリズムに基盤が
移ります。そこでは、建築まで含めてシニフィエの表現に、
変貌するのです。シニフィエ(記号内容)の表現は、
脳内リアリティが、ストレートに表出されていて、
広告表現に似たものになります。
そこでは、ラカンの指摘のように、意味を構成しなくなるのです。
村上隆が、無意味性を強調した理由は、
本質的には、この文明のシニフィエ化にあると言えます。

1991年のソヴィエトの崩壊後の本格的な、
脱近代社会になると、
インターネットのグローバルな展開を背景に、
シニフィエ(記号内容)の芸術が、
本格的に登場して、主導権を握るようになります。
このムーブメントに乗って、奈良美智のドローイングが、
もてはやされる事になるのです。

こういう時代変化の中で、
シュナーベルが、絵画に行き詰まり、
《想像界》の表現者であったこともあって、
映画に移行することになった思います。

ペインティングは《第6次元》のデザイン的エンターテイメントに
過ぎなかったのですが、映画監督としては、《第1次元》の
《真性の芸術》が成立しているので、
結局映画監督として、大成してく事になるのです。

画家として、長続きしなかったのは、
《第6次元》のデザイン的エンターテイメントであって、
デビューの衝撃を過ぎると、その芸術性の無さが飽きられて、
画家としては、保ち得なかったのです。
そして、すでに述べたようにシニフィアンの美術という、
古さ故であったのです。

芸術の名において、成立する以上、
芸術は、《真性の芸術》の探求と獲得抜きには、
長く成立する事は出来ないのです。
同時に、時代の構造もまた、新しさと言う事においては、
重要なのであって、
新しさを必要とする限りでは、シニフィエ化が必要なのです。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

最後に整理をしておきます。

18世紀、産業革命が始まり、鉄道網が完備すると、
社会は、急速に単純系の近代社会へと、変貌します。

近代は、単純系であったのです。

近代社会は、物質文明で、そこでは
シニフィアン(記号表現)の芸術が成立します。

それは2重性がありました。
一つは《象徴界》の芸術です。
もう一つは《現実界》の芸術であったのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2001年、情報革命が本格的にはじまり、インターネットが
完備して行くと、社会は複雑系の脱近代社会へと、変貌します。

脱近代社会は、複雑系なのです。

脱近代社会は、情報文明で、そこでは
シニフィエ(記号内容)の芸術が成立します。

それには2重性があって、
一つは《想像界》の芸術です。
もう一つは《現実界》の芸術です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまり今日の芸術の要諦は、

物質文明から、情報文明の転換

単純系から、複雑系への移行

シニフィアン(記号表現)の芸術から、
シニフィエ(記号内容)の芸術への転生、

にあるのです。

今日は、シニフィエの《想像界》の芸術と、
シニフィエの《現実界》の芸術の2本立てになっている
と整理できると、彦坂尚嘉の私見は考えるのです。

ですから、シュナーベルのペインティングは、
シニフィアンの《想像界》の絵画ですから、
もはや、情報化社会の芸術としての資格を、
今日では持っていないのです。

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村上隆の映画進出は、こうしたアメリカでのアーティストの
映画製作を背景にしたものであろうと、推察できます。

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《想像界》の眼で《第13次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《第13次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第13次元》のデザイン的エンターテイメント

《想像界》の作品、気体美術。

《気晴らしアート》《ローアート》
シニフィエ(記号内容)の美術。
《透視立体》【B級美術】

第13次元というのは、喜劇領域です。

村上隆の作品は、外注製作と言うこともあって、
作品にはバラツキがあるので、
一つ一つで芸術分析をしないとなりません。
このボーメがつくったフィギア彫刻は、
シニフィエの《想像界》の美術になっていて、
この情報化社会の芸術になっているのです。
ですから、成功例なのです。

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《想像界》の眼で《第13次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第13次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第13次元》の《真性の芸術》

《想像界》の作品、液体美術。

《気晴らしアート》《ローアート》
シニフィアン(記号表現)の美術。
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【B級美術】

ところが、絵画は、
同じく《想像界》の美術ですが、
シニフィアン(記号表現)の美術なのです。
さらに液体美術なのです。つまり古い近代美術なのです。
そこにおいて、実は情報化社会のバーチャル・アート化していない
ことで、古い作品なのです。
力作の大作ですが、重くて、ドジで、もう一つ新しくない。
失敗例であると言えます。

ここまで成功した村上隆が、
シュナーベルと同様に、映画製作に向かわなければならない原因の
本質には、
このシニフィアンの絵画が、
シニフィエの絵画に転生できないという古さがあると、
彦坂は芸術分析するのであります。

物質文明が、情報文明に転換したが故に、
今日の芸術は、否応も無く、シニフィエ化に、
新しい可能性を見いだして来ているのです。

それは美術だけでなくて、音楽でも、建築でも、文学でも、
同様な事だと、彦坂の観察と、芸術分析は言っているのです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
最後に我田引水で、恐縮ですが、
彦坂尚嘉のシニフィエ作品です。
バーチャルリアリティなのです。

これは核廃絶のための作品で、
核保有国へのアピール作品です。

エッフェル塔に原爆を.jpg


パリ凱旋門と原爆完成.jpg
彦坂尚嘉  フランスの核廃絶を求めて




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syun

ラリー・クラークは"青春"の幻想に憑かれてしまった芸術家の一人ですよね。
by syun (2011-01-05 23:32) 

ブスだけどやりました

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