奈義町現代美術館 [建築]
磯崎さんの《6流》性のなせる技なのだが、この円筒の長さが、
《1流》にするには、もう少し欲しい。短いのである。
宮脇愛子の作品である。
《想像界》の眼で《6流》、デザイン的エンターテイメント。
《象徴界》の眼で《6流》、デザイン的エンターテイメント。
《現実界》の眼で《6流》、デザイン的エンターテイメント。
作品が簡単過ぎるし、何よりも芸術ではない。
岡崎和郎の作品です。
ひさしの作品は、
《想像界》の眼で《超1流》、真性の芸術。
《象徴界》の眼で《超1流》から《7流》の重層的表現、真性の芸術。
《現実界》の眼で《超1流》、真性の芸術。
液体美術。
シニフィアンの美術。
インスタレーションとしても《1流》で、
少し物足りないけれども、良かったです。
荒川修作の作品。
《想像界》の眼で《6流》、デザイン的エンターテイメント。
《象徴界》の眼で《6流》、デザイン的エンターテイメント。
《現実界》の眼で《6流》、デザイン的エンターテイメント。
液体美術。
シニフィアンの美術。
相変らずですが、荒川修作の作品は、
まったく芸術ではありません。
突き当たりを抜いて、風景が見える様にして、借景にしたかった。
龍安寺の石庭を下敷きにしつつも、独自の石庭をつくりたかったですね。
この円筒の筒を、もう少し長くしたかったですね。
まあ、もったいないものでありました。
もう少し、庭について、真面目に勉強して欲しかった。
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というわけで、
奈義町現代美術館に、伏見修氏の車で行って、見ました。
まあ、遠い。
磯崎新さんが設計して、平成6年に開館した美術館です。
有名で、情報では知っていましたが、
今回始めて実見しました。
《想像界》の眼で《1流》、デザインワーク。
《象徴界》の眼で《6流》、デザインワーク。
《現実界》の眼で《1流》、デザインワーク。
一度は見る値打ちはある美術館ですが、
建築として芸術であるというものでは、ありません。
一番気になるのは、磯崎さんの建築の持っている《象徴界》の《6流》性でしょうか。一つ一つの事柄の理解や解釈に、もう一つの文明的な深みが欠けるのです。そこまでを要求する事が無い物ねだりと思いながらも、次の世代は、この磯崎さんの限界を超える事が必要だとは思います。とは言っても、実際のプランというのは、私の皇居美術館にしても、帝国美術館にしても、コンセプチュアルなものですから、とても磯崎さんの現実に建っている美術館に、文句を言える立場にはないのです。まあ、見て良かったです。伏見修さんとも、楽しい歓談が出来ました。
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