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贋作と駄作/ゴッホ作品をめぐって [アート論]

ゴッホのひまわりには、花瓶に生けていない、
切り花の絵が2枚あります。

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gogh.4-sunflowers.jpg
《想像界》の眼で《第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超 次 元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《第41次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

◆◆1◆◆切り花◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ゴッホのアイリスの花の絵と、ひまわりの切り花を比較すると、
その違いに驚かされます。

gogh.4-sunflowersのコピー.jpg

アイリスは《第1次元》の絵画で、普通の意味で花のように美しい
絵画でありますが、
ひまわりは、《第41次元》の死と闇を含んだ、
より高次の絵画であるからです。

そのことを明確に示しているのは、ひまわりの絵画が、切り花である
事です。

gogh.4-sunflowers.jpg
2点は、花瓶にも生けてなくて、ただ転がっている、
切り花です。

切り花であることは、画面下の部分に切られた切り口が明確に2つ
描かれている事から分かります。

この上に掲載した2番目の作品は、確か日本に来ていて、
私は見て感動しています。

つまりきれいに咲いている花ではありますが、
切られて死を逃げようも無く約束されている花なのです。

ひまわりではない、別の切り花の絵画も、この切り花の性格を
良く描いています。

g014c_vangogh_flower.jpg

それに対してアイリスは、
花瓶の花の絵もありますが、
野に咲いている根付きの花を描いています。

Irises,_1889,_Vincent_Van_Gogh.jpg
ゴッホのアイリス
《想像界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント

《想像界》だけの表現
液体美術

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

この作品はメトロポリタン美術館にありますが、
ゴッホのこのアイリスの絵は、《第1次元》の絵画ではありますが、
デザイン的エンターテイメントであって、《真性の芸術》ではないのです。

ゴッホの作品には、実はデザイン的エンターテイメントの駄作が
何枚もあって、
《真性の芸術》では無いものが、たくさんあるのです。
例えば、ネット上で拾ったものだけですが、次の様な作品が駄作です。

Vincent Van Gogh-Water Mill at Kollen Near Nuenen.jpg
750-http___duckhenge.uoregon.edu_io_images_story_VanGogh.jpg-orig.jpg

この様な初期にも、デザインでしかない絵画が、
ゴッホの場合には、あります。

Orchard in Blossom Vincent van Gogh.jpg
vincent_van_gogh.jpg
Fishing in the Spring Pont de Clichy Vincent van Gogh.jpg
vangogh26.jpg
Vincent Van Gogh-427429.jpg


パリに出て、印象派を模倣した作品も、
真面目に描かれているので、駄作とは言うべきではありませんが、
デザイン的エンターテイメントになっているものがあります。

van gogh_flowering plum tree (after hiroshige) (1887).jpeg
van gogh_Bridge in the Rain (after Hiroshige).jpg
広重を模写した作品も、芸術的にはデザインになっています。


Vincent Van Gogh-Wild Roses-1.jpg
こういう、お花の絵にもデザイン的エンターテイメントでしかない
凡作があります。

van gogh.jpg
《想像界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント

《想像界》の絵画
液体美術

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』
装飾美術 【B級美術】


この花の絵は、日本画を思わせる美しさがありますが、
これも《1流》のデザイン的エンターテイメントの美しさです。
しかも《想像界》の美術ですから、多くの人が愛するものです。
しかし装飾画であって、人々が愛するものではありますが、
芸術的には駄作です。


芸術というのは、花の様な美しさではないのです。
花のように美しい作品は、デザインであって、《真性の芸術》では
ないのです。

現代美術の問題で言うと、たとえば中村政人の作品や、
トニー・クラッグの作品は、花のように美しくて、
これらはデザインの美しさなのです。
fa017.jpg
中村政人の作品
《想像界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント

《想像界》の作品気体美術

《気晴らしアート》《ローアート》
シニフィエ(記号内容)の美術。
《原始立体》 人形/模型的立体 【B級美術】


cragg_1.jpg
トニー・クラッグの作品
《想像界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント

《現実界》の作品.
気体美術。

《シリアス・アート》《ハイアート》
シニフィアン(記号表現)の美術。
《原始平面立体》【A級美術】

中村政人やトニー・クラッグの、花の様な美しさの作品を、
ゴッホも作っていたのですが、
ゴッホは、これを克服して、より高次の《真性の芸術》で、
しかも《第41次元》や《超次元》の作品の高みまでに、
至るのです。
この上昇の過程は、たいへんに感動的なものであります。
そしてこの精神的上昇の故に、精神破綻をしたとも、
考えられます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

次にあげるような作品になると、
私がデザイン的エンターテイメントでしかないという、
言い方に、異議を感じる方々が、増えると思います。

vincent-van-gogh-noon-rest-from-work-1890.jpg
《想像界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第1次元》ザイン的エンターテイメント

《想像界》の絵画
液体美術

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』
装飾美術 【B級美術】

VincentVanGoghTheZouave.jpg
《想像界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第1次元》ザイン的エンターテイメント

《想像界》の絵画
液体美術

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』
装飾美術 【B級美術】

Vincent Van Gogh-Night Cafe in Arles, The watercolour.jpg
《想像界》の眼で《第8次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第8次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第8次元》のザイン的エンターテイメント

《想像界》の絵画
液体美術

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』
装飾美術 【B級美術】

lg8554+le-pont-de-langlois-arles-1888-vincent-van-gogh-poster.jpgvangogh36.jpg
vg_bedroom_l.jpg
Vincent Van Gogh16.jpg
《想像界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第1次元》ザイン的エンターテイメント

《想像界》の絵画
液体美術

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』
装飾美術 【B級美術】


ゴッホの場合、代表作として評価の高い、人気のある作品でも、
《第1次元》の《1流》作品ではありますが、
デザイン的エンターテイメントであるものが、
かなりの数あるのです。

これはゴッホを追いかけて見ていると、
だんだん感じるようになるものです。

【続きは下記をクリックして下さい】

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急に展覧会の搬入です [アート論]

029-03.jpg

急にBさんから電話で、
展覧会をするはめになって、
それが決まったのが昨日。

明日は、朝8時に藤沢の日産レンタカーに私が行って、
アルミボックスの2トントラックを12時間借りて来て、
横浜の住宅展示場のハウススクエアー横浜の中の空き
スペースに作品を搬入することになりました。

そのまえにいきさつがあって、
こうなってしまったのですが、
まあ、やるしか無い。
明日手伝いを2人頼みました。

会場は結構広くて、大変そうです。

DSC00011.jpg
DSC00012.jpg

今やっている深川の中華料理屋の展示も、
急な話だったし、
来月の四国のギャラリーアルテの3人展の話も、
急なもので、6月というから、
来年の6月と思ってOKしたら、
今年の6月でした(笑)。
まったくひどい話で、
私は、まるで20歳代の作家のように、
気楽な気持ちでやるしか無い展覧会に追われています。


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贋作と駄作/ゴッホ作品をめぐって [アート論]

ゴッホのひまわりには、花瓶に生けていない、
切り花の絵が2枚あります。

vincent-van-gogh-paintings-from-paris-1.jpg
gogh.4-sunflowers.jpg
《想像界》の眼で《第41次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超 次 元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《第41次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

◆◆1◆◆切り花◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ゴッホのアイリスの花の絵と、ひまわりの切り花を比較すると、
その違いに驚かされます。

gogh.4-sunflowersのコピー.jpg

アイリスは《第1次元》の絵画で、普通の意味で花のように美しい
絵画でありますが、
ひまわりは、《第41次元》の死と闇を含んだ、
より高次の絵画であるからです。

そのことを明確に示しているのは、ひまわりの絵画が、切り花である
事です。

gogh.4-sunflowers.jpg
2点は、花瓶にも生けてなくて、ただ転がっている、
切り花です。

切り花であることは、画面下の部分に切られた切り口が明確に2つ
描かれている事から分かります。

この上に掲載した2番目の作品は、確か日本に来ていて、
私は見て感動しています。

つまりきれいに咲いている花ではありますが、
切られて死を逃げようも無く約束されている花なのです。

ひまわりではない、別の切り花の絵画も、この切り花の性格を
良く描いています。

g014c_vangogh_flower.jpg

それに対してアイリスは、
花瓶の花の絵もありますが、
野に咲いている根付きの花を描いています。

Irises,_1889,_Vincent_Van_Gogh.jpg
ゴッホのアイリス
《想像界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント

《想像界》だけの表現
液体美術

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』【A級美術】

この作品はメトロポリタン美術館にありますが、
ゴッホのこのアイリスの絵は、《第1次元》の絵画ではありますが、
デザイン的エンターテイメントであって、《真性の芸術》ではないのです。

ゴッホの作品には、実はデザイン的エンターテイメントの駄作が
何枚もあって、
《真性の芸術》では無いものが、たくさんあるのです。
例えば、ネット上で拾ったものだけですが、次の様な作品が駄作です。

Vincent Van Gogh-Water Mill at Kollen Near Nuenen.jpg
750-http___duckhenge.uoregon.edu_io_images_story_VanGogh.jpg-orig.jpg

この様な初期にも、デザインでしかない絵画が、
ゴッホの場合には、あります。

Orchard in Blossom Vincent van Gogh.jpg
vincent_van_gogh.jpg
Fishing in the Spring Pont de Clichy Vincent van Gogh.jpg
vangogh26.jpg
Vincent Van Gogh-427429.jpg


パリに出て、印象派を模倣した作品も、
真面目に描かれているので、駄作とは言うべきではありませんが、
デザイン的エンターテイメントになっているものがあります。

van gogh_flowering plum tree (after hiroshige) (1887).jpeg
van gogh_Bridge in the Rain (after Hiroshige).jpg
広重を模写した作品も、芸術的にはデザインになっています。


Vincent Van Gogh-Wild Roses-1.jpg
こういう、お花の絵にもデザイン的エンターテイメントでしかない
凡作があります。

van gogh.jpg
《想像界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント

《想像界》の絵画
液体美術

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』
装飾美術 【B級美術】


この花の絵は、日本画を思わせる美しさがありますが、
これも《1流》のデザイン的エンターテイメントの美しさです。
しかも《想像界》の美術ですから、多くの人が愛するものです。
しかし装飾画であって、人々が愛するものではありますが、
芸術的には駄作です。


芸術というのは、花の様な美しさではないのです。
花のように美しい作品は、デザインであって、《真性の芸術》では
ないのです。

現代美術の問題で言うと、たとえば中村政人の作品や、
トニー・クラッグの作品は、花のように美しくて、
これらはデザインの美しさなのです。
fa017.jpg
中村政人の作品
《想像界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント

《想像界》の作品気体美術

《気晴らしアート》《ローアート》
シニフィエ(記号内容)の美術。
《原始立体》 人形/模型的立体 【B級美術】


cragg_1.jpg
トニー・クラッグの作品
《想像界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第6次元》のデザイン的エンターテイメント

《現実界》の作品.
気体美術。

《シリアス・アート》《ハイアート》
シニフィアン(記号表現)の美術。
《原始平面立体》【A級美術】

中村政人やトニー・クラッグの、花の様な美しさの作品を、
ゴッホも作っていたのですが、
ゴッホは、これを克服して、より高次の《真性の芸術》で、
しかも《第41次元》や《超次元》の作品の高みまでに、
至るのです。
この上昇の過程は、たいへんに感動的なものであります。
そしてこの精神的上昇の故に、精神破綻をしたとも、
考えられます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

次にあげるような作品になると、
私がデザイン的エンターテイメントでしかないという、
言い方に、異議を感じる方々が、増えると思います。

vincent-van-gogh-noon-rest-from-work-1890.jpg
《想像界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第1次元》ザイン的エンターテイメント

《想像界》の絵画
液体美術

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』
装飾美術 【B級美術】

VincentVanGoghTheZouave.jpg
《想像界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第1次元》デザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第1次元》ザイン的エンターテイメント

《想像界》の絵画
液体美術

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』
装飾美術 【B級美術】

Vincent Van Gogh-Night Cafe in Arles, The watercolour.jpg
《想像界》の眼で《第8次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第8次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第8次元》のザイン的エンターテイメント

《想像界》の絵画
液体美術

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』
装飾美術 【B級美術】

lg8554+le-pont-de-langlois-arles-1888-vincent-van-gogh-poster.jpgvangogh36.jpg
vg_bedroom_l.jpg
Vincent Van Gogh16.jpg
《想像界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第1次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第1次元》ザイン的エンターテイメント

《想像界》の絵画
液体美術

《シリアス・アート》《ハイアート》

シニフィアン(記号表現)の美術
《透視画面》『オプティカル・イリュージョン』
装飾美術 【B級美術】


ゴッホの場合、代表作として評価の高い、人気のある作品でも、
《第1次元》の《1流》作品ではありますが、
デザイン的エンターテイメントであるものが、
かなりの数あるのです。

これはゴッホを追いかけて見ていると、
だんだん感じるようになるものです。

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トニー・アウズラー/Tony Oursler [アート論]

Oursler.jpg

物分かりのいい瞳に、愛はいらない。

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トニー・アウズラー/Tony Oursler
《想像界》の眼で《超次元》の《真性の芸術》
《象徴界》の眼で《超次元》の《真性の芸術》
《現実界》の眼で《超次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界をもつ重層的な表現
気体/液体/固体/絶対零度の4様態をもつ多層的な表現

《気晴らしアート》《ローアート》

《非-実体性》のある美術

シニフィエ(記号内容)の美術
《原始平面》『ペンキ絵』【B級美術】


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悲しみだけが、人生さ。

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トニー・アウズラー
[アメリカ、 1957年生まれ] 

混合メディアビデオインスタレーション・アーティスト 

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体や顔が無い1つ目、
虹彩compulsivelyに写されているテレビ画面上で
急速に変化するチャンネル。

 目として、天気予報の放送、ゲームショーの無限の破片を消費し、
コマーシャル、テレビ付の大衆文化の影響をうける私たちの妄想psychesには、
ただ分裂のみがある。 

SF小説や、SF映画や、超現実主義の夢配列から抜け出した生き物のように、
アウズラーの目は、
メディアの人間の、肉体の精神飽和の結晶です。 

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イーゼンハイム祭壇画 [アート論]

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苦しみと優しさの交響曲・・・

それが人生さ!

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大浦信行と村上隆/オリエンタリズムをめぐって(校正2) [アート論]

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大浦信行の作品「遠近を抱えて」が、

今度は沖縄で排除されたという事件が起きて、問題になっています。

「県立博物館・美術館で開催中の展示をめぐって、一部の作品が同館の要求で展示されない事態が起きている。同館は展示しなかった理由について具体的な説明をしていない。専門家から「検閲だ」との指摘も出るなど、同館の姿勢は美術表現の自由に対して不透明さが残る。さらに今回の事態で見えてきたのは、美術館の在り方にとどまらず、企画者の置かれている状況や作品発表でほんろうされる作家の立場など、美術表現の場を取り巻く複合的に横たわる問題点だ。」(琉球新報)

この美術展は、沖縄県立博物館・美術館で開催中のものです。
「アトミックサンシャインの中へ
in沖縄 日本国平和憲法第九条下における戦後美術」展というもの。

この展示から、同館などの事前の要望で、
昭和天皇をモチーフにした大浦信行氏の作品が、外されたのです。

この事実に関連して、「公権力が、表現の自由を制限することになる」と
問題視する声が上がっているのです。
しかし、私はそうは思いません。


事前に、美術館が、この大浦氏の作品が起こした過去の事件を
知っていて、作品を見て、展示を拒否して交渉し、
この美術展の企画者である渡辺真也氏の承諾と同意を得て、
展覧会が開催されている以上、
私は、学芸員を含む沖縄県立美術館の側の責任は
無いと思います。

責任が問われるとすれば、大浦氏の作品排除を承諾した渡辺真也氏の
責任です。

そもそもこの美術展の開催そのものが難しくて、
会場を提供する美術館が、なかなか見つからずに、
東京では、ヒルサイドフォーラムで開催されたのでは
ないでしょうか。

つまりこの展覧会の開催自体を拒絶した美術館の存在が、
いくつかあったはずであって、それらの責任が追及される事は
無理である以上、条件付きでも開催した沖縄県立美術館を、
非難するのは、筋違いと、私は考えるのです。


大浦作者の大浦氏は「日本全体が天皇表現に関してタブー視するように
なったという体質そのものが大きな問題だ」とコメントしているらしい
ですが、私はそうも思いません。
なぜなら、この作品は、天皇への不敬性を示しているのであって、
しかもそれは、彦坂尚嘉の芸術分析では、
猥褻性の次元で行われています。
その不敬と猥褻性への拒絶の反応と、天皇表現そのものとは、
一線を画して論議すべきと思うからです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この大浦信行氏のこの作品シリーズが、富山近代美術館で問題が起
こって、裁判にもなった
有名な騒動があって、その余波が繰り返したとも言えます。

この騒動の経緯を、私なりに整理すると、つぎのようになります。」

大浦信行氏が、昭和天皇の写真をモチーフとして使った作品シリーズ
「遠近を抱えて」を発表します。
この大浦氏の「遠近をかかえて」という作品は、昔のギャラリー山口で
最初の個展がやられてように記憶している気がするのですが、
今回、あまり時間がなくて、確認できませんでした。

この作品を、富山県立近代美術館が収蔵します。

その後、収蔵した美術館が作品を売却したのです。

さらに図録470冊が焼却されます。

これを不服として大浦信行氏らが裁判を起こしたのです。

一審、二審をへて、2000年12月最高裁で棄却とされ、
全面敗訴ました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

問題そのものは、最初に富山県立近代美術館が作品を購入したとこ
ろからはじまるのです。

この時の館長が小川正隆氏であったはずです。

小川正隆氏は、元朝日新聞の美術記者で、故遠野芳明氏と親しく、
朝日新聞の美術記者として、一つの時代を作りました。

朝日新聞を退社後、富山近代美術館のコレクションを形成するのに
多大な努力を払われて、すぐれたコレクションを持つ美術館として
富山県立美術館を開館にこぎつけたのです。

作品の買い付けは、海外の有名な作家からも、作家から直に買うなど、
果敢な収集を展開した方でした。

こうした作品収集の延長で、大浦氏の問題の作品も
買ってしまったのではないかと、私は推量しています。

◆◆2◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

さて、問題の作品を見てみる必要があります。

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ooura1.hannga.14.jpg
《想像界》の眼で《第21次元》のデザイン的エンターテイメント
《象徴界》の眼で《第21次元》のデザイン的エンターテイメント
《現実界》の眼で《第21次元》のデザイン的エンターテイメント

《想像界》の作品気体美術

実体的美術(=エンターテイメント)

《気晴らしアート》《ローアート》
シニフィエ(記号内容)の美術。
《原始平面》『ペンキ絵』【B級美術】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《第21次元》であるというのは、この作品の本質を示しています。

《第21次元》というのは、人生の喜怒哀楽の直接的な領域です。
分かりやすい例で言えばエロ写真の次元です。
つまり大浦信行のこの作品は、エロ写真と同じ次元の作品であると
私は芸術分析をしたのです。
猥褻性があります。
猥褻性とは何か?という定義の問題はありますが、
「猥褻」という言葉に対応するものを持っていると、
彦坂尚嘉の《言語判定法》では芸術分析するのです。


《気晴らしアート》であるということ、
つまりこの作品が《シリアス・アート》ではないということも、
この作品の本質的な問題を示しています。
《気晴らしアート》で、天皇の肖像を、
しかも侮辱的に使って良いのか?
という疑問はあります。

それと彦坂尚嘉の芸術分析ですと、
この作品はデザイン的エンターテイメントであって、
《真性の芸術》性は、何もありません。
ですから《真性の芸術》として、この作品を擁護することは、
私は出来ないと、判断するものです。

つまり芸術の自由の問題ではなくて、
デザイン的エンターテイメントにおける表現の、
社会的な許容性の問題であると考えます。

評価できる事は、気体美術で、同時にシニフィエ(記号内容)の
美術で、そういう意味で、情報化社会の新しい美術でありました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《表現の自由》という問題ですと、
この作品ゆえに大浦信行が逮捕されているわけではありません。
戦前でしたら、不敬罪で逮捕されて、
下手をすると、憲兵に拷問されて、留置場内で殺されています。
そういう危険性のある不敬な作品であります。

今は、不敬罪もなく、逮捕もされていないし、
作品も押収されていないのです。
その限りで、公権力の暴力によって、
《表現の自由》が侵害されたわけではありません。
このことは、戦前と戦後の違いとして重要な事であります。

つまり日本が敗戦で、米軍によって、
国家神道と特高警察の省庁であった内務省が解体されているので、
この作品の作者が、不敬罪で、逮捕されていないのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《表現の自由》というのは、
実は、名誉毀損とか、肖像権とか、他の他人の権利と、
ダブっている権利なのです。

ですから《表現の自由》をもとに、他人の肖像写真を使用する場合、
それは《公共の利益》に寄与するものでなければなりません。
つまり《公共の利益》に寄与するものでないと、
肖像権の侵害や、不敬のよる名誉の侵害で、
《表現の自由》は規制され得るのです。

ですからこの作品の場合に、《公共の利益》に寄与するものが
あるかどうかの判断が、重要であります。

その意味で、この作品が《シリアス・アート》でないこと、
さらにはエンターテイメント性が強くあることが、
問題であると言えます。

◆◆3◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


私は、この大浦信行の作品「遠近を抱えて」を、
一定の評価をします。
作品も、買って持っていました。
買ったのは、この作品のシルクスクリーンの部分を制作した
岡部版画工房からです。

その後、売ろうとして、東京画廊の山本豊津氏にあづけて、
そのまま、うやむやになってしまいました。

ですから、本物をすべて見ています。

この作品は大浦信行氏が、確か、アメリカに行って作ったのではな
かったかと思います。いま、その事実を確認しないまま、
書いています。間違っていたら、訂正します。

日本人が、海外に出て、ある種のアイデンディティ・クライシスに
陥って、その中で見た幻想や妄想の作品として、意味があったと
評価するのです。

それは、ある意味で日本を日本人自身が戯画化してとらえた
オリエンタリズムの作品であります。

ここで《オリエンタリズム》というのは、

パレスチナ出身のアメリカの批評家エドワード・サイードの著書『オリエンタリズムタム』1978年)という著作を背景にしています。


サイードは、欧米諸国が、自らの内部としてもたない「異質な」ものを「オリエント」(=「東洋」)に押し付けてきたとし、「オリエント」を不気味なもの、異質なものとして規定する欧米の先入観の姿勢を、《オリエンタリズム》と呼び、批判したのです。


《オリエンタリズム》とは、欧米諸国によって作られたイメージであります。

それは優越感や傲慢さ、偏見とも結びついているのです。

サイードによれば、それが欧米の帝国主義の基盤ともなった心性なのです。

 

つまり、私が言いたいのは、大浦信行の作品は、
外国人が外側の眼から日本を見て捉える時の、
日本に対する異質なものとして規定する、そういう日本像です。
つまり《オリエンタリズム》としてつくられた、
優越感や傲慢さ、偏見から見た不気味な日本像があります。

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外国人の眼で、日本を見ようとすると、
そのときに、昭和天皇ヒロヒトの肖像が現れるのです。

つまり太平洋戦争を戦った日本のヒットラーとしてのヒロヒトです。

ヒロヒトと、カタカナで表記するのは、外国人外国メディアによる
昭和天皇への言及を日本語翻訳する際に使われだした言葉として
使っているからです。あえて片仮名で書くのは、外国人はこのような
無礼な呼び方をしている、という含意からです。
この表記は、反日的な勢力が昭和天皇を呼ぶ時によく使うという
意味であって、昭和天皇名前で呼ぶことは不敬であるという常識
しめし、昭和天皇への敬意を重んずる一般的な日本人の間では、
このような呼び方はなされないという意味が、込められています。
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気体分子ギャラリーとは [アート論]

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私自身は、「作品を買ってくれ」となかなか言えないのです。
言えないというよりも、言うのを忘れるのが多いのです。

昨日も、友人からそのことを指摘されて、
言葉を少し荒立てたのですが、
美術家が自分で直接に、素人のお客さんに売る事は、
近代の美術システムの中では、禁止されて来たのです。
つまり作品を売るのは画商であって、美術家のお客さんへの直売りは、
近代社会の芸術システムでは禁止されて来たことなのです。

とは言っても、草間弥生は売る事に熱心であったのです。
私自身は直接には見てはいませんが、「買って、買って」と
お客さんに言っている所を見たといった伝聞は多いのです。
さらにはフジテレビギャラリーで個展を開いた後に、
売れなかった作品を、別のギャラリーに持ち込んで、
値段を下げて、密かに売ってしまうというルール違反も、
繰り返しやっていたようです。このことは、その作品を
売っていた陰のギャラリーのオーナーから直に聞いた話です。
作品の裏にはフジテレビギャラリーのシールが貼ってある作品
ですから、後年、この売られた作品を、フジテレビギャラリーが
見つけて、怒ったと聞いています。

ナムジュンパイクのやり口も、いくつか聞いていますが、
お金の取り方は、半端ではないものでした。
某版画工房のオナーの書いたものを読みましたが、
高額の版画の出版権料を集金している話で、
そうした出版権料など取ったことの無い私などは、
話にならない素人であって、プロの芸術家の立ち位置の
違いを思い知らされる例です。

お金をかすめ取るのが巧かったアーティストに、
Aがいましたが、死んでしまいました。
某企業の社長にギャラリーを開かせ、
自分の作品を数千万円買わせ、立派な作品集を出させたのです。
詳しい話を書くと、ご遺族に差し障りがあるし、
因果応報で若死にしたのだから、それ以上責めてもしかたがないのです。
死の原因は、その社長が、経営悪化の中で死亡し、
残された娘さんが、その作品の買い取りをAに要求して、その圧力で、
死んでしまったのです。もともと鬱病の強い人でしたが、
その晩年は鬱の中に沈み込んで死に至ったのです。
お金に反応する能力の高い人は、
それはそれで、お金が原因で死に至る例でした。

先日、2日係で、深川の中華料理屋の八仙苑の天井に、茄子とトマトをつける
作品を展示して来た時に、車の中で聞いていたラジオで、
芝居の話をしていた。
劇団が赤字で、金にならないと役者が言っていて、
金になるのは劇団四季と、もう一つだと話していた。
もう一つは聞き損ないました。
劇団四季は、子供に『赤毛のアン』を見せるので、一度だけ見ましたが、
ひどかった。
《第6次元》で、あまりにも自明性の高い芝居で、
何とも面白く無かったのです。
しかし、こういうものが売れて、お金になるのです。

人間が生きて行く時に、人生の目的や行動の基準はいろいろがあるにしても、
一つはお金なのだろうと思う。
お金にならないからと、アーティストを止めた友人がいるが、
確かに、芝居と同様に美術のアーティストは、お金にならない。
天井に茄子やトマトをくっつけても、お金にはならない。
しかし出費の方は、馬鹿にならないお金が消えて行く。

村上隆の芸術起業論は、書評をするはめになったので全部読んだが、
全半の1/3はそれなりに面白いし、主張に正当性はあると思うが、
村上さんを見ていて思う事は、お金を基準に追求すると、
どうしても芸術そのものの追求は出来ないという事です。

芸術の追求とお金の追求は、どうも相反するものであるらしい。
それは芸術に限らずに、学問の追求でも同様であって、
こうした事は、お金を稼ぐ事とは反対の事なのです。

本当に正反対の事なのか、厳密に確定する方法が分からないので、
仮に、正反対だと仮定しておくと、
お金を稼ぐ事と、芸術を追求する事は、自動車のアクセルとブレーキの
関係ということになる。
自動車を走らせるのに、アクセルだけでも困るし、ブレーキだけでも
困るのだ。両方が無いと、コントロールが出来ない。

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日本企業の格下げ急増 [アート論]

私たちは、日本の資本主義や、産業化社会の最終局面を

見始めているのでしょうか?

日本企業の格下げ急増 

      08年度4倍、過度の不安は後退

 日本企業の格付けの引き下げが急増している。格付投資情報センター(R&I)など格付け大手4社が2008年度に格下げした企業は203社と前の年度に比べ約4倍に増え、格上げの社数(90社)を5年ぶりに上回った。世界的な景気後退で自動車や電機などの輸出企業を中心に業績悪化が相次いだためで、今年に入って拍車がかかった。4月以降、過度な信用不安は後退しているものの、当面は資金調達コストの上昇につながりそうだ。

 格付けは企業が発行する債券などの元利払いの能力を示す。一般に「A」や「AA」といった数段階の記号で評価する。08年度の格上げ社数は前の年度の約4分の1に急減した。(16:00)


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加筆 [アート論]

北野誠の記事を加筆しました。

彼の活動が、どうも、深く現代の変化を指し示しているように
思えたのです。

オカルト的なものや、株の投資をあおっていたのも、
そうです。

興味があれば、緑色の文字で加筆している所を読んで下さい。

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彦坂尚嘉ライヴドローイングinアートフェア東京 [アート論]



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Y0uTubeにアップしました。
ビデオ撮影/監督は、加藤力さんです。
編集は加藤力/彦坂尚嘉です。

Y0uTubeアップに技術協力は、田嶋奈保子さんです。
昨日加藤力/田嶋奈保子さんがアトリエに来てくれて、
この映像が完成しました。
お二人に感謝です。

上に掲載した写真撮影は、糸崎公朗さんです。
これも良い写真記録で、感謝です。



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